ANA MARIA

通勤途中、Kenny Kirkland のソロアルバムを再度聴き込んでおり、8曲目のANA MARIAが非常に素晴らしい。ウェインショーターの曲みたいなのだが、ボサノバ風。
この曲ではケニーが最初から最後まで弾いており、ピアノだらけといった感じだ。サックスソロとかなし。
かっこいいのはとにかく16分音符である。
完璧に正確無比に弾く所もあれば、アクセントつけたり、もたったり、つっこんだり、もする。
(殆どを正確に弾いている)
ケニー・カークランドの16分は非常に心地よい。風に揺られ続ける大樹の葉の音とか、餌を運ぶアリたちの駆け足の音のように人為的でない。人が弾いているのに人為的でないとはどういうことだ?
それは分からない。
分からないがそう聴こえる。
これだけのピアノが弾ける人だから・・・という絶対的な信頼感があるからこそ、16分音符が綺麗に聴こえてしまうのかも知れないが、そうではない。そういう問題ではない。
湯川秀樹の言うことだから間違いはない、と妄信するのは良くない。

更に16分音符を一拍として、二拍三連、四拍三連と、マジックのように滑らかに(ミスなく)3連符のフレーズが出てくる。そして更に「なんだ!このリズムは!」というような理解を超えたリズムで演奏されるフレーズが、【ゴゴーーン】と出てきて、一瞬頭で鳴っている8分音符が取れなくなる。しかも随所で。
当然ながら暴れた後、ジャズというものはおおよそ元のビートに戻るのだが、戻り方が非常に自然で、どうしてこんなことが出来るのだろうと思ってしまう。
それはやはり練習の賜物であり、素質とともにかなりの努力をした人だろうと思う。
このリズムで暴れた後はこう戻る。とか分かっているんだろう。
何回も何回も16分音符、32分音符、3連、6連、時には5連符を弾き込んでいるからこそ、余裕で元のリズムに戻れるし、余裕でアクセントが付けられるし、余裕で変な和音が出せるし、余裕で頃合いを見計らって万人に分かるレベルの心地よさにもっていけるのである。

クルマを運転している時に聴く音楽としては最高級である。先ほどは「妄信するのは良くない」と書いたが、ケニーレベルになると正に絶対的な信頼感を持って曲を、ソロを聴くことができるので、運転しててカーブが迫ってこようと危なくないのである。
それはスティーリー・ダンもそうであり、共通するのは【絶対的に優れた演奏力】による楽曲の安定感。そして忘れてはいけないのは、よく行って7割か8割程度で【余裕で】演奏しているということである。

ジミー・ペイジというギタリストがいるが、失礼を承知で言うが、彼の場合、全力もしくは130%くらいで弾いてるから(そこがまたカッコイイのであるが)、運転してて聴いてると非常に危険だ。
弾けないくせに弾こうとする。それは別に責められるべきことではないが、軽四が常に全開で、時には自分のポテンシャルを超えてコーナーを曲がろうとしてるので、聴いてるこっちはハラハラして運転どころではなくなるのである。

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